無料進呈

英文メールを書く時のルールブックと、毎日日替わりで配信される
オンライン英語テスト800問を今すぐ無料で手に入れて下さい。

  • 基本ルール
  • テンプレート
  • 文例集付き

※ご登録いただいたアドレスは当社のみで利用し、第三者に提供いたしません。

会員満足度
驚異の99.3%!!

会員ログイン

メールアドレス
パスワード

パスワードをお忘れの場合

  • eメールの書き方を学びたい
  • n文法をやりなおしたい!
  • 論文添削
  • 英語テスト800問を無料で使う 今すぐトライ

キャンペーン情報

創業物語

 

フルーツフルイングリッシュの創業物語

フルーツフルイングリッシュの創業は2002年にさかのぼります。創業時のエピソードを通じて、当社のことを少しでも理解いただけたら幸いです。

 

当社は、アメリカ合衆国ハワイ州で設立された海外法人ですが、創業者は日本人です。 英語を勉強し続けたことが、結果として英語を使って海外および日本国内で事業を立ち上げることにつながった、近藤自身のエピソードをお届けいたします。

 


 

なんとなく続けていた英語の勉強

こんにちは。
フルーツフルイングリッシュ・リミテッド社で代表取締役を勤めております近藤です。

 

「英語を勉強することを支援することで、少しでもあなたの人生が広がるお手伝いをさせていただきたい」と開始したフルーツフルイングリッシュについて知っていただける機会を頂き大変光栄に思っています。

 

私自身のエピソードで大変恐縮ですが、英語につながり続けた(言い換えれば、英語を勉強し続けた)ことによってひろがった私自身の可能性についてお伝えしたいと思います。

 

あなたが英語を学習する動機はなんでしょうか?
TOEICで高得点を取ること?、それとも仕事で必要に迫られてでしょうか?

 

ここで少し私自身のお話をさせてほしいと思います。

 

私はもともと中学の義務教育で英語を始めました。英語は結構好きな方でした。当時日本語ではない言語を使えることがすごくかっこいいことのように思えたからです。自分がなんだか特別になったような気持ち。

 

知らないことをイチから勉強するので、遅れたら落ちこぼれるという恐れもあり一生懸命予習、復習しました。ある程度英語の成績はよかったと思います。覚えたらそれなりに点数もあがるので、それが動機付けにもなり、大学に入るまで比較的英語は普通程度には勉強したと思います。

 

大学に入ると英語を使う必要性もなくなったので特に英語を勉強することはなくなりました。社会人になってからもそれは続きました。ただ帰宅後や休日に特段することも特になかっただけに、「何かしなきゃいけない」というどこから来るのか分からない、不思議な焦りがありました。

 

「このままでいいのか?」というのは皆さん何かしら思うのではないでしょうか?私もたまに思い出したように「英語しなきゃ!」とTOEICを受験したり、参考書を買って特に目的はないが勉強するという程度でした。

別に「英語」に注目したのは理由があったわけではありません。無理やり理由をつけるとすれば、英語は外国とか大きな世界とのつながりが感じられた・・・そういうものだった気がします。

 

時間をかけて継続して勉強したわけではありませんし、この段階では「英語」が自分の人生の役に立つと思っていたわけではありませんでした。

 

仕事でもプライベートでも英語とはまったく無縁でした。周りには英語を使っている人もいませんでした。でも英語の勉強を続けたのは、英語学習の先に何となくありそうな外国のイメージ、そういうものを感じていたかったのかもしれません。

 


 

英語を勉強するうち、海外への志向が具体化

 

志向が具体化してきたのは入社3年目のころ、決断したのは入社5年目のことでした。

 

当時社会人として働いていましたが、同じチームの先輩が会社の制度を利用してアメリカに短期留学したのです。がむしゃらに働いていたのでそんな制度があることすら知らなかったのですが、身近にそういう人がいるため自分もいってみたいな、という思いが生じたのが3年目の出来事でした。「会社やめるリスクもないし、お金も会社が出してくれるし」くらいの理由でした。

 

そしてその後も似たような生活が続きましたが、入社5年目、半年ごとの業績評価面接のときに「社内の留学制度に興味があります」と自分の思いを、上司に伝えてみました。この時は本当に行くことになるとは思っていませんでした。

 

「いいんじゃない。推薦文書いてやるよ。」と上司。「でも時期は今のプロジェクトがおわった来期募集からね。」という回答でした。

 

留学のタイミングは今のプロジェクトが終わった来期募集にすること、そして人事部に提出するための具体的な志望動機を書いてみろというものでした。

 

そこからです、具体的なアクションを起こしだしたのは。行けると思っていなかった留学を上司がOKを出してくれ、思いもかけず、それに向けたゴール設定をされたのです。仕事は仕事で面白かったですし。正直、この段階で本気でいくつもりで思いつめているレベルではなかったのです。なんといえばいいのでしょうか、突然新しい道が開けたという感じでした。

 

つまり、そのまま惰性で続けられれば続くだろう日常に、ある日突然、別のゴールが設定されたのです。今から思い返すと、これが転機だったのかと思います。成り行き上、時期を設定されたことが自分の具体的な行動につながりました。

 

それからは、留学の条件に設定されているTOEICの合格ラインクリアに向けて英語学習を本格化させました。

 

向うに行って困らないように、どちらかというと知識だけで使いこなせなかった英語を使えるように英語で日記をつけ始めたりもしました。留学先の資料を取り寄せたり、いろいろと留学に向けた準備が始まりました。

 


 

アメリカでの留学生活始まる

 

この留学をきっかけとして、いろんなことが変わり始めました。

 

ちょうどこの留学が当時はやっていたMBA(経営修士号)のエッセンスを学ぶためのコースだったこともあり、留学先のビジネススクールで履修していた授業で、ビジネスプランを書くことになりました。

 

ビジネスプランとは、起業家が企業を立ち上げる際、投資家から資金を集めるために自分のビジネスが投資家の利益になるものであること、自社の弱み強み、今後数年の経営計画、売上目標などを整理し、プレゼンテーションするものです。

留学の後半、MBAのエッセンスを学び終わった時にその集大成として課されたものでした。宿題として課されたビジネスプランでしたが、どうせ書くなら絵空事を書くよりは、何か本気になれるものを書きたいと考えていました。

 

その時ふと、ネイティブに自分の英語を添削してもらうサービスをインターネットを使って提供できないかというアイデアが浮かびました。

 

これは何もないところから思いついたのではなく、留学中に常々そんなサービスがあったらいいのにと思っていたからでした。

 

ネイティブに気軽に添削してもらえるサービスがあったら便利なのに・・・

 

授業のレポートはもちろん英語で提出することになっていたので、提出する際にチェックのためにネイティブ見てほしい常々思っていた。

 

英語は一応使ってはいるが、自分の英語をそれほど正してもらえる機会がそれほどなかった。自分の英語に変なクセがついているのかどうかもわからず、伝わればいいとは言え、やはり不安だった。

 

実は海外に留学しても自分の英語を正してもらう機会はめったにありません。ホームステイもしていましたが、いくら関係がくても何回も無料で頼めるものでもありませんしホストファミリーはそういったものでもありません。私はホストとは相当仲良くしていてクラスメートから「本当にいい関係が築けているね」とうらやましがられたくらいですが、それでもです。

 

誰もが気兼ねなく、好きなときにネイティブに添削指導を受けられるサービスがあれば本当にいいなと思っていたので、どうせ書くならこれをネタにビジネスプランを書こう、そう考えました。

 

当時2001年でした。インターネットもだいぶ普及して来ましたし、当時アメリカでは"BlackBoard"「黒板」というインターネット上で授業を受けられるeラーニングサービスが開始され、私のスクールでも生徒同士の議論や、レポート提出などに使っていました。

 

日本ではインターネットは従量課金制ではなく、つなぎホーダイのADSLなどが主流になってきつつあった時代背景もありました。昔はインターネットに接続した時間分だけ課金されていたんですよ。今では信じられないかもしれませんが・・・

 

ちなみに私が留学のために渡米した3日後に9.11同時多発テロが発生し、緊迫した中で私の留学生活が始まったことを覚えています。

 


 

たった3枚の紙からスタートしたビジネス

 

ビジネスプランのアイデアを思いついた瞬間、自分では相当いいアイデアだとおもって夢中でビジネスプランを書き上げました。 最初はたった3枚のラフスケッチからスタートしたことを覚えています。

 

周囲にアメリカ人の知り合いも何人かできていたので、みんなにその話をするとアメリカ人は乗り気です。何人もが協力の声を上げてくれました。

 

それがプラスに作用したのかもしれません。実際にビジネスパートナーを見つけ、会社を立ち上げるという、留学当初は想像だにしていなかった展開になってきました。人に話すことでまた協力者ができていったことで、起業が具体的になったという方が正しいかもしれません。ここでも留学当時の上司の背中押し同様に、周りの流れに任せました。

 

留学のオプションとして2ヶ月のアメリカの企業で働くというインターンについてもeラーニングのシステム開発、コンテンツ開発をするベンチャー企業を選んだのはこの流れがあったのかもしれません。 私が留学中に得たアイデアと人脈で立ち上げたサービスがこのフルーツフルイングリッシュです。

 

2001年アメリカハワイ州で登記、システム開発などの準備期間を経て2003年4月にサービスイン、以来今までたくさんの方に私が留学中にあったらいいなと思ったサービスをお届けすることができています。

 

当時webで添削が完結するサービスは日本にはなかったと思います。英文添削のサービスはありましたがメールで依頼したり、個人がインターネット上で営業している品質レベルなども知るべくもないサイトがほとんどでした。おそらく当社が一番初めてではなかったかと思います。

 

余談ですが、必要なときに、必要なだけ、負担のない低料金でがコンセプトです。料金は留学当時の私が気兼ねなく払える料金設定にしており、創業時点からその価格体系は変わっていません。

 


 

英語はあなたの人生を広げてくれるツール

 

私が、このエピソードで伝えたいのは、英語志向、海外志向など、それほど強くではなかったですが、つねに志向していて何かきっかけさえあれば、それがチャンスになるということなのです。私のケースがまさにそうでした。自分でも想像できませんでしたから。

 

英語を好きでなければ、会社の先輩が留学したとき、自分も行きたいとは思わなかったと思います。

 

英語を勉強し続けた(私の場合、やったりやらなかったりが続いたので、勉強を続けたというのは語弊がありそうなので、英語につながり続けた、海外を志向し続けたと言って方がよいかもしれませんが・・・)ことが、海外留学ということに気付くきっかけを与えてくれました。

 

そして海外留学するという一つの決断が、私を海外に連れて行ってくれ、出会う人間が変わり、その結果、最初想像もしなかった新しい展開が開けてきました。出会う人が変わること、環境が変わることが私の進む道そのものを変えてしまったのかもしれません。

 

今は、チャンスが見えなくても、いつか来るその時のために準備する、そのときまでに英語がぺらぺらになるとは言わないまでもやはり英語につながっておくことが、特に今後英語を使って何かを成し遂げたい方、外国で何か活動したい方、英語を使ってビジネス(自分でもいいですし、働く会社の為にでもいいです)を漠然と思っているかたに必要なんだと思います。

 

英語につながり続けると、その密度が高いほど、海外を無意識のうちに志向し、自然と道が開けていく、興味が知らず知らずそちらに向かって行って、そうではない人には見えない道が見えるという事なんだと思います。

 

チャンスはいつめぐってくるかわかりませんし、それがチャンスなのか気づくかどうか・・・。それはやはり準備してきた状況だとか、自分の自信だとか、準備してきた時間の積み重ねとか、ケースバイケースだとは思います。

 

私自身もある程度英語が何とかなるという思いがあったので思い切って外国に飛び出るという選択ができたのではないかと思っています。

 

私の例を題材に話しましたが、やっぱり英語を準備しておく、自分のものにしておくということは、これからの人生のチャンスを増やす間違いのない要素の一つではないかと思います。

 

「英語」はお金や物と違って、時間の経過や不況、インフレなどで価値が下がることもありません。壊れてなくなることもありません。持っていくのにかさばることもありません。

 

一度手に入れて、たまにメンテナンス(アウトプット練習)してやれば、あなたの傍でいつまでもあなたを助け、あなたのチャンスを広げてくれる人生のパートナーとなることでしょう。

 

そんな一生モノのスキルをフルーツフルイングリッシュで是非あなたのものにして下さい。 あなたのご健闘を心よりお祈り申し上げます。

 

 

PAGE TOP