【文芸翻訳】翻訳小説の方言

翻訳家になりたい方のための翻訳講座の講師Masako先生の記事

こんにちは、英日翻訳家デビュー講座の添削を担当しておりますMasakoです。

先回は、日本の地方で使われている方言の豊かさについてお話ししましたが、その後、英語の方言で書かれた小説がどのように翻訳されているのか俄然気になり始めました。

米国で言えば、フォークナーやフラナリー・オコナーの小説の南部訛りがどんな風に訳されているのでしょうか?
興味がわきますよね。

声が聴ける映像であれば、例えば英国の超有名サッカー選手ディビット・ベッカムのコックニー訛り。
米国人にとっては英国人の英語のアクセントの違いも、いろいろに取りざたされています。

また、米国のTVドラマ 『The Closer』、その主役であるやり手チーフ刑事ブレンダの南部訛りなどには、ちょっとはみ出たキャラクターが色濃く反映されていました。
ブレンダは部下にからかわれながらも、”Thank you sooo much” や”y’all”など、つい真似てみたくなるような挨拶をし続けるのです。

元米国大統領ジョージ・ブッシュのテキサス訛りも懐かしいところです。

 

 

時代が変われば原作の英語も変わる

ところが、翻訳では方言やアクセントで人物の生い立ちや特性を表現するのは至難の業です。
一例としてフォークナーの『響きと怒り』の翻訳本を集めて探ってみました。

『響きと怒り』は、1929年に発表された小説で、南部のコンプソン家のはなしです。
コンプソン一家につかえる黒人一家の孫のラスターは、コンプソン家の知的障害のある三男ベンジャミン(33歳)のお守り役。

ラスターがベンジャミンに話しかけている場面。

原文 The Sound and the Fury (1929)

“Come on.” Luster said. “We done looked there. They aint no more coming right now. Les go down to the branch and find that quarter before them niggers finds it.”

 

尾上正次訳(1969年)

「さあさあ、行くだぞ」とラスターが言った。「そっちの方みるの、もうおしまいになっちまっただよ。やつら、とうぶんはもう、もどって来やしねえからな。さあ、おらたちこれから川さ下りて行って、あの二十五セント玉さがすべいよ、あの黒んぼどもにめっけられちゃあ、かなわねえだからな」

 

高橋正雄訳(1997年)

「さあいくべえ」とラスターがいった。「そこはもう見終わっただよ。あいつらは、もうこっちにこやしねえだよ。小川へいって、あの黒んぼどもに見つけられねえ先に、おらの二十五セント玉さがすべえ」

 

平石貴樹(2007年)

「こっちへ来るだ」とラスターが言った。「そこはもう探しただよ。しばらくはあいつらも戻ってこねえだぞ。
川へおりてって、二十五セント玉を見つけるだよ、黒んぼどもが拾わねえうちにな」

 

原文は、読んでいるうちにスペイン語よろしくアクセントマークを付けたくなるような文章ですが、当時の米国南部の人々、特に黒人の話し言葉のアクセントが独特で、そのまま文にするとこうなったのでしょう。
そのアクセントや言い回しの訳には、どれも日本語の方言が当てられていて、みたところ年代や訳者が変わっても、このスタイルにあまり変化はないようです。

 

翻訳文も時代とともに変化し続ける

このことは1936年に出版された『風と共に去りぬ』でも言えそうです。
人々はみな南部訛りでしゃべっていたのに、とりたてて黒人のアクセントのみを活字にするというのは、今から考えると妙なものですが、黒人の話し言葉だけが独特な方言として扱われています。

ずっと時代を下って1986年出版の『フォレスト・ガンプ』も映画を字幕版で観てみました。
アラバマ出身のフォレストとその親友であり黒人でもあるババの会話について、字幕は標準語そのもの、やはり南部のアクセントを楽しむには生の声を聴くしかないようです。あのフォレストの数々の名言もしかり……。

このように、時代が変わると原文の英語が変わりますし、普段私たちが使う日本語自体も変化し続けています。

翻訳文も変わって当然ですよね。

時代の流行や新事実の発見、SNSでのある種の用語の拡散……と、言語は生きて呼吸し、揺れ続けているのだと痛切に感じる日々です。

 

 


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    ABOUTこの記事をかいた人

    商社勤務。英国へ語学留学しCambridge English Certificateを取得。帰国後外資系企業に勤務。その後結婚して夫の転勤先である米国カリフォルニア州、テキサス州、さらにアフリカのナミビアを転々とする。 それぞれの地域のカレッジにて英語、スペイン語、数学、歴史など一般教養を終了し、ナミビアでは、南アフリカ大学の通信教育にてPsychologyを専攻。 1998年に帰国し、2000年にフリーランス「医学翻訳家」として稼働開始。医学分野において創薬(製剤試験、動物試験)、治験関連文書、承認申請資料、照会事項、文献、製薬品質管理、副作用報告書等々、様々な文書の英日、日英翻訳を手掛けて今日に至る。 <趣味や日課> 昔から単純なパズルゲームが好きで、現在は3マッチパズルにはまってます。他には読書。Amazon Primeでドラマや映画を鑑賞(CMがなく、好きな時間に連続して見ることができるので、国内、海外、ジャンルを問わず興味がわいたものを観ますが、近ごろはやりの『進撃の巨人』や『鬼滅の刃』など常時アドレナリンだらだら系は苦手)、音楽鑑賞。 スポーツ観戦は、相撲に加え、テニスはウィンブルドンのみ、サッカーは四年に一度のワールドカップのみ観戦。フィギュアスケートも観ます。スポーツジムでエアロやヨガのレッスンを受け、マシンに乗ったりしていたのですが、どちらかというとその後の入浴が楽しみ。現在はウォーキングに切り替えています。料理は時短で済ませますが、どういうわけか編み物が好きです。