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産業翻訳を覗いてみませんか?[医学翻訳編No.6]

by Masako

こんにちは、英日翻訳家デビュー講座で添削を担当しておりますMasakoです。

近頃SFやミステリーも含めて医療関係の小説、ドラマ、映画が増えてきていると思いませんか?
特に病院の医師らを主人公にしたドラマが多いですね。昔はそれこそフランケンシュタインや巨大化したプルトニウム人間、ハエと合成してしまうハエ男の恐怖など、実際には起こりえないホラー映画がありましたが、映画「アウトブレーク」あたりから現実味を帯びたSF映画が出てきました。これはおそらくエボラ出血熱の出現により誘発された、新種の感染症に対する恐れのせいでしょう。

その後、わたしたちはCOVID-19の感染拡大を経験しています。そしてワクチンだのFDAや厚生労働省のワクチン承認だの新治療薬の臨床試験(Clinical trialまたはClinical study)、PCR(Polymerase Chain Reaction)検査などの医薬用語が頻繁に使用され、理解も深まりました。

それと同時に、実際に医療現場で仕事をしている人たちをエッセンシャル・ワーカーと呼び、その仕事ぶりもドキュメンタリーやドラマで広く伝わるようになりましたね。

これまで臨床試験についてお話してきましたが、つい最近まで専門用語と考えられていた臨床試験に関する用語も、医学関連のドラマにすらりと組み込まれています。先日観た海外ドラマでは、二重盲試験(Double-blind study)やプラセボ対照試験(Placebo-controlled study)などが字幕にも反映されていました。

産業翻訳を覗いてみませんか?[医学翻訳編No.6]

Clinical trial vs. Clinical study

臨床試験はClinical trialまたはClinical studyと呼ばれます。これはあくまでも私の個人的意見ですが、このtrialという用語がどうしても好きになれません。なぜなら、trialというと被験薬の有効性の有無を問わず、とにかくやってみよう……というニュアンスを感じてしまうからです。同じ腫瘍に侵されたAさんとBさん、Aさんに効いた薬剤がBさんには無効であったということも多々あります。また、例えば乳がんに効いた化学治療薬がほかの腫瘍に効くとは限らないのが現実です。試してみなければわからない、ある程度のデータが収集されるまでは、一か八かの賭けのような気がしてなりません。

とはいえ、現在では遺伝子検査により特定の化学療法薬の効果の有無を事前にある程度判定し、予測して、化学療法を実施するという手法も可能となってきています。特定の遺伝子変異を標的としたプレシジョン・メディシン(精密標的医療)では、遺伝子検査により検出された遺伝子変異に応じて分子標的薬を投与します。こうして同種の腫瘍であっても、つらい副作用に悩まされる化学療法や放射線療法を無駄に受ける確率が低下し、有効性が向上して、がん生存者数もますます増えていくことでしょう。

Double-blind study vs. Double-masked study

Clinical trialと同様に、二重盲試験という用語、Double-blind studyまたはDouble-masked studyについても、Blindingの倫理に加え、私はこのDouble-blindに常に違和感を感じていました。私のこの違和感を明確に表現した文献を見かけました。以下のタイトルがその文献です。

Blinding or Masking: which is more suitable for eye research?

By Rosalia Antunes-Foschini et al.

この文献では眼科分野における臨床試験でBlindingという用語を使うのは妥当であるか? と問いかけています。当然ですよね。なにせ眼科分野ですからね、BlindingはNo、No! でしょう。多くの研究者らがこうした疑問を持ちながらも、治験の実施法としてはSingle-blindやDouble-blindという用語でほぼ統一されています。

前回このSingle-blind、Double-blindといったBlindingの手法についてご説明したと思うのですが、それぞれ単盲験、二重盲験というプラセボ対照試験の実施法です。Single-blindは被験者と治験担当医師らのどちらか一方に(大半の場合、被験者側)実薬投与であるのかプラセボ投与であるのか知らされずに治療を実施します。Double-blindというのは、被験者も治験担当医師らもどちらの薬剤が投与されているのか知らされない実施方法です。

Double-blind試験の場合、重篤な有害事象や生命を脅かす事象が報告されるような緊急時には、当該被験者の盲検化コードを解除して、実薬投与かプラセボ投与かを確認します。これをEmergency key openingと呼びます。コードを解除しない限り、事象と被験薬との因果関係を検討することができません。

本文献では、「眼科医にとり、”blinded”に代えて”masked”試験とすることは、非眼科領域の医師と比較して極めて重要なことである」と指摘しています。このため、眼科試験においては、blindという不幸な結果を想起させる用語を避けて、maskという用語が好まれるとしています。

とはいえ、盲検化(blinding)は被験者や治験担当医師らの思い込みや結果の偏りを回避して、質の高い治験結果が得られるとして、大いに奨励されている手法です。したがって、眼科以外の分野の臨床試験については、この盲検化(blinding)という用語が使われ続けることでしょう。

今回は臨床試験に関する用語の使用法についてお話してみました。

新たな知見により特定の疾患に関する従来の概念が覆されたり、これまで標準治療とされていたものが一掃されて、新規の治療法が適用されたり、まったく新しい機序を持つ薬が登場したり、また新規の医療機器が導入されて分析法が一新されたり、医薬の世界は日進月歩。好むと好まざるとに関わらず、用語に関しても常にアンテナを張っている必要がありますね。 

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